森へ

星野 道夫

○教材について

 星野さんの生涯のことを考えると、この教材に記述されていることは、氏にしか記述できないことだらけで、こういう人の自然へのまなざしを学習者に触れさせることの意味は非常に大きいものだと思う。星野さんの写真が各頁に添えられているのも、同様に学習者に星野さんの見た世界を感じさせるには適当だと思う。彼の写真集などにも触れるきっかけになればいいと思うし、彼自身の生涯にも触れてみて欲しい。

 公式サイトを訪れてみると、この教材の題名である「森へ」というときの「森」自体がすでに私たちの考えるものとは大きく異なっていることに気が付く。

○ルポとして扱いながら記述に迫る

 この教材は、筆者の頭の中にあることはあまり書かれていない。むしろ彼が体全体で感じた感覚的なものを言葉で表現しきっている感がある。そういう意味では学習者にとってはこういう文章に触れるのは初めてかもしれない。文章の記述にのって自然に自分の感覚を開いていければよいのだけれども、それでは学習にならないので、「目」「耳」「鼻」「手」と様々な感覚器から得られた自然をどのように表現しているのかに目を向けさせることになろう。こういったアプローチに関しては、学習の手引きにもあるので、光村社の様々な資料で触れられているのだろうと思う。

  普通、こういった認識そのものを学ぶと、学んだ認識の方法を用いて自分でも事象に向き合ってみる学習を組織したいのだが、最初にも述べたように、星野さんの認識は星野さんにしかできないものであって学習者にはまねごとすらできないだろう。  こう考えると、ルポの読み方としてやはり書き手に目を移さざるを得ない。星野さんの生涯や数々の写真集などに触れさせながら、氏の認識そのものに深く入りこむような学習を組織してみたい。

  そうなるとこちらで色々と用意しておく必要があるのだけれども、こういった生き方があるということを学ぶことだけでも今の学習者には役立つことかもしれない。伝記的な扱いに偏るようにも思うが、それでも意味ある学習が組織できるように思う。

○クマとの関わり

 もう十年も前になるが氏は、カムチャッカでクマに襲われて亡くなられている。こういった事実と後半のクマに関する記述とを合わせて読ませることは、星野さんのクマへの思いをリアルに伝えてくれる。

 氏の作品や著書の中には、クマへの思いをつづったものがいくつもあるので、そういった記述を集めて触れてみることも合わせて行わせる。自然観のような抽象的な思考ではなく、具体的なクマとの関わりが筆者の自然への思いをリアルに伝えてくれる。

○表現学習を発展学習にするならば

 筆者の文章には自然破壊に関する警鐘や批判など全く見られない。一貫して自然の素晴らしさをリアルに描ききっている。それはそれでいいのだが、一方ではアラスカやロシアなど自然豊かな場所に出かけていって自己陶酔しているという考え方もできる。

 認識を学ぶと言うことは、もしこの人がこういったものを眺めたらどのように見るのだろうか、と思いを巡らせることでもある。そう考えると星野さんのような優れた認識を学んだ学習者にあえて、自然が破壊されている現状や写真を集めさせ、星野さんの目にこういった景色がどのように移るだろうかという投げかけから文章を書かせてみたい。

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